おすすめ作品 恐怖映画祭2021 【前編】

2021年8月12日
シネ・ウインド

8/21(土)~9/3(金) シネ・ウインド上映 ※火曜定休

各国の傑作ホラー映画3作品 日替上映

 …8/21(土)、8/27(金)、8/29(日)、9/1(水) 連日 18:50~ 『地獄の警備員 デジタルリマスター版』

 …8/22(日)、8/25(水)、8/30(月)、9/2(木) 連日 18:50~ 『屋敷女 ノーカット完全版』

 …8/23(月)、8/26(木)、8/28(土)、9/3(金) 連日 18:50~ 『悪魔の墓場』

〈シネ・ウインド上映企画部/悪魔の毒々フリークスpresents〉

   

 ★上映時間→ https://www.cinewind.com/schedule/

 ★劇場受付と公式サイトで13日前より座席チケット販売中 購入はこちら→ https://cinewind.sboticket.net/

 ★8/21(土) 『地獄の警備員』、22(日)『屋敷女』、28(土)『悪魔の墓場』上映後に、上映企画部によるミニトークあり(約10分)

 

    

〇恐怖映画祭2021のススメ【前編】〇

ウインド恐怖映画祭2021

震えて眠ろう キヨシこの夜

【前編】

愉しい映画、感動する映画があれば、恐ろしい映画もある。映画とは美術。映画とは娯楽。人間の感性や社会性を反映させる芸術である映画とは、多幸感や綺麗事ばかりではないということ。だからこそ映画は多面性を含んで面白いものなのです。

恐怖感は、現実においては、日々生活を送るにあたり、覚えたくはない感情反応です。ところが恐怖感や緊張感を湧き立たせることを目的とした恐怖映画は、映画誕生の歴史とほぼ同時から長きに渡って存在し、今なお世界中でファンを生み出しながら支持されている分野のひとつです。映画は美しいものばかりではなく、残酷で、スリリングで、ショッキングな訴求力を含むもの。これが映画という人間術の興味深さ、奥行きの深さ。人々は危機を避けながら生きようと考え、行動しながらも、心のどこかで、程よい緊張や刺激による精神的充足を求めている。

映画館という場所は、人間の視神経がスクリーンへと集中し、音響が全身を昂らせる、最も安全な状態から最高の緊張を体感できる施設であり、そんな刺激的な機会を提供できるというならば、するほかないだろうという目論見からこの企画は動き出しました。

もうひとつ大切なことがあります。それは恐怖映画に親しむことで、日々の安寧を意識してもらえたらということです。恐怖映画といっても、劇中で演出されるホラーの塊は様々なカタチを成しますが、それらに直面する登場人物たちはショックと絶望を感じ、不幸がもたらされます。単純にひとの不幸を喜ぶことはただの悪趣味です。なかにはそういった愉しみ方を見出す方もおられるかと思いますが、ウインド恐怖映画祭の企画意図は別にあります。スクリーンで繰り広げられる理不尽な暴力。この世の地獄を思わせるような阿鼻叫喚に存分に怖がっていただき、それによって鑑賞後には現実世界において血だらけの暴力沙汰と縁がない生活を送ることを考えてみる。誰かに乱暴したり、権利を侵害したり、はらわたを引っ張り出してみたりすることは痛ましくてよくないことだと公序良俗を振り返ってみる。映画による恐怖感が高まるに高まった末、そういった意識が少しでも芽生え拡がっていったら企画者冥利に尽きます。

最後にもうひとつだけ。「怖い思いなんてしたくない」というのは生物として当然なのですが、同時に恐怖を感じ取ることはとても大切なことでもあります。恐ろしい作劇から怪奇や恐怖感を覚えることは感受性が働いているということ。緊張や恐怖によって脳下垂体からノルアドレナリンが分泌されるということはこの世に確かに生きているという証拠。恐怖という感情が忘れ去られたとき、それもまた不幸せなことなんですね。

『地獄の警備員』デジタルリマスター版

監督・脚本 黒沢清(『CURE』『スパイの妻』)

製作 中村俊安(『仁義  JINGI』)

撮影 根岸憲一(『淵に立つ』)

美術 清水剛(『初恋』)

編集 神谷信武(『時をかける少女』)

音楽プロデューサー 岸野雄一(『禅と骨』)

出演 松重豊(『罪の声』)、久野真紀子(『マリーの獲物』)

   長谷川初範(『101回目のプロポーズ』)、大杉漣(『教誨師』)、諏訪太朗(『シン・ゴジラ』)

  

黒沢清さんは今や日本映画界を代表する大御所監督のひとりで、国内のみならず海外からの評価も厚く、新作を待ち望んでいるファンは大勢おります。『地獄の警備員』は1992年に初公開された、映画監督の“作家性”と“娯楽性”の両方を重んじた今はなき製作会社「ディレクターズ・カンパニー」の最後期にあたるホラー作品です。黒沢監督はこのとき37歳。映画界でキャリアは積んでいましたが、商業映画監督としては新進気鋭とされていた頃ですね。この方は昔から国内外の恐怖映画や怪奇映画を嗜み、「恐ろしい映画の恐ろしさとは何か」を探求してきました。特に三隅研次、マリオ・バーヴァ、リチャード・フライシャー、テレンス・フィッシャー、トビー・フーパーといった映画作家たちからの影響は大きく、その鋭い価値観、批評、作劇演出から映画指針が感じ取れます。

黒沢さんは1989年に洋館ホラー『スウィートホーム』を監督しています。伊丹プロダクションの製作総指揮のもとで演出したこの作品は、半身男が這ってくる、人がドロリと溶かされる、巨大な悪霊が目の前に迫ると、今では考えられないようなSFX満載の怪奇幽霊もので、子ども心に恐ろしくて震え上がった。その次に手掛けたのが『地獄の警備員』です。超常現象的な惨劇の次に、謎めいた怪人による凶行、暴力を見せきりました。いかにも恐怖の探究家ですね。

黒沢監督はその後、『CURE』『カリスマ』『回路』を発表して映画ファンや評論家を唸らせ、新しいところでは『岸辺の旅』『散歩する侵略者』『旅のおわり世界のはじまり』『スパイの妻』と次々に評判作をものして大物監督の地位を固めております。そのなかで、『地獄の警備員』は埋もれつつあったといいますか、カルト人気作として知る人ぞ知るような一作になっていました。それが初公開から29年を経て、監督と主演した松重豊さんの大出世をいいことに、撮影監督の根岸憲一さんの監修によってデジタルリマスターによる再上映が実現したわけです。

さて、『地獄の警備員』とはどういったお話でしょうか。

「バブル景気で急成長を遂げた総合商社に二人の新人がやってきた。ひとりは絵画取引を担当する秋子(久野真紀子)。そしてもうひとりは巨体の警備員・富士丸(松重豊)。元力士の富士丸は兄弟子とその愛人を殺害するも、精神鑑定の結果無罪宣告された要注意人物だった。秋子が慣れない仕事に追われる日々の中、警備室では目を覆うばかりの惨劇が始まっていた。恐怖の一夜を支配する警備員の影が迫る!」

これで「そんな馬鹿な」と思ってしまったらつまらないだけですね。あらすじを読んだだけで震えあがった人は感受性豊かだと思います。

まず面白いのは舞台となる場所が会社のビルだということ。アメリカで大流行りしたスラッシャー映画のように、住宅街や、キャンプ場や、学校とかじゃあない。オフィスビルで会社員たちがエラい目に遭う話だというところに、日本人的な感覚が見えますね。そうこの映画は、アメリカ、イギリス、イタリアの恐怖映画に影響された黒沢監督が、それらに倣いつつも日本人の感覚を活かしてみせたところが面白いんです。元力士だという警備員が目を光らせるあたりもそうですね。

さあ、この警備員。同僚を折り畳んだり、ぶん殴って引きずっていったり、ねっとり痛めつけたり、なんともえげつない殺人を始めていきます。なんで?なんでなの? よくわからない。わからないけど、怖いんです。無表情に警棒と怪力を駆使して、ひとり、またひとりとあの世送りという会社警備を遂行していくんですね。こんな怪奇なガードマン相手に、社員たちはどうすれば生きて退勤できるのか。これはアメリカンホラーのパロディのようで、映画ファンと真っ向勝負したような恐怖映画です。

ところでこの作品は、黒沢監督や松重豊さんはもちろん、他にも後々映画監督として名を馳せることになる人たちが関わっておりますよ。助監督しているのが、『発狂する唇』『血を吸う宇宙』の佐々木浩久さん。演出助手には『EUREKA』『東京公園』『空に住む』の青山真治さん。録音助手には『人のセックスを笑うな』『ニシノユキヒコの恋と冒険』の井口奈己さん。製作宣伝には『おかえり』『東京島』『あれから』の篠崎誠さんが参加されています。撮影の根岸さんは本作が撮影監督デビューになり、近年でも『淵に立つ』『きらきら眼鏡』『よこがお』の撮影を務めています。美術監督の清水剛さんは特撮シリーズやアクションもの、『ウォーターボーイズ』のような有名な青春映画を担当し、近頃では『マチネの終わりに』『初恋』『約束のネバーランド』の美術監督を務めているヴェテランですね。

出演者の顔ぶれも面白く、殺人警備員に狙われる新人社員の主人公には東日本キヨスクのイメージガールこと久野真紀子(現・クノ真季子)さん。警備員に扮したのは本作が映画デビューである人気俳優の松重豊さん。ニヒルな人事部長役には『ウルトラマン80』『101回目のプロポーズ』『静かなるドン』シリーズで知られる長谷川初範さん。なぜか変態じみた怪演を披露している大杉漣さん。映画や特撮ドラマの名脇役こと諏訪太朗さん。同僚警備員役に内藤剛志さん。マルチタレントの加藤賢崇さんまでが友情出演されています。

ということで、洋画ホラーに親しんできた黒沢監督はディレクターズ・カンパニーの恐怖映画でどれだけの個性を発揮したか。殺人場面もそうですが、室内のロングショットや換気扇の回転音など、なんでもないような一場面から不安感を煽る、妙な静けさこそ恐怖演出家の本懐。暴力や出血のほかにも、殺人犯に閉ざされたビルという舞台に募る不吉な気配をじっくり汲み取ってみてください。これもまた名匠監督の代表作ですよ。

 (上映企画部 若槻)

★ウインド恐怖映画祭2021上映作品には残虐な場面や、グロテスクな表現が含まれます。ご注意ご覚悟のうえ、ご鑑賞ください。

  

『地獄の警備員』デジタルリマスター版

上映スケジュール 8/21(土)、8/27(金)、8/29(日)、9/1(水) 連日 18:50~

  

1992年 日本 (1時間37分) 

配給:アウトサイド 監督:黒沢清 出演: 松重豊 久野真紀子 大杉漣 長谷川初範

©株式会社ディ・モールト ベネ

公式サイト https://outside-movie.jimdosite.com/