【ウィークエンド秀作選】第2弾
〈公開30周年&堀越謙三プロデューサー追悼上映〉
現実と虚構、偶然と瞬間が交わる奇跡


1995年 アメリカ・日本合作
1時間53分
配給:アークエンタテインメント
監督
ウェイン・ワン『ジョイ・ラック・クラブ』
製作
ピーター・ニューマン『フィオナの海』
グレッグ・ジョンソン『ルル・オン・ザ・ブリッジ』
堀越謙三『アネット』
黒岩久美『シェル・コレクター』
製作総指揮
ボブ・ワインスタイン『ロード・オブ・ザ・リング』
ハーヴェイ・ワインスタイン『スクリーム』
井関惺『世界最速のインディアン』
原作・脚本
ポール・オースター
『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』
撮影
アダム・ホレンダー『真夜中のカーボーイ』
美術
カリナ・イワノフ『ワンダー 君は太陽』
衣装
クローディア・ブラウン『聖者の眠る街』
編集
メイジー・ホイ『ザ・プレイヤー』
音楽
レイチェル・ポートマン『わたしを離さないで』
出演
ハーヴェイ・カイテル『レザボア・ドッグス』
ウィリアム・ハート『ブロードキャスト・ニュース』
ハロルド・ペリノー『ザ・ワイルド』
フォレスト・ウィテカー『クライング・ゲーム』
ストッカード・チャニング『私に近い6人の他人』
「—秘密を分かち合えない友達なんて、友達と言えるか?」
ニューヨーク・ブルックリンの街角に佇む、小さな煙草屋を舞台に繰り広げられる群像劇。毎日街並みの写真を撮影する煙草屋の店主オーギー、妻を亡くしスランプに陥った作家のポール・ベンジャミン、トラブルメーカーの少年ラシード。埋められない穴をどこかに抱えた人々の人生が複雑に交差し、そして—。
公開30周年を迎えた「Smoke」。時を経ても根強いファンを誇る名作が、この秋、シネ・ウインドのスクリーンに蘇ります。

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ここで「Smoke」の誕生にまつわる逸話を少しだけ。
製作にあたっては、生前に新潟国際アニメーション映画祭の実行委員長も務められた、故・堀越謙三プロデューサーが大きく寄与していました。
1982年公開の「チャン・イズ・ミッシング」に興味を持ち、ウェイン・ワン監督に接触した堀越プロデューサー。ニューヨークでワン監督と対面した際に「手伝えることがあれば連絡して」と、いわば社交辞令のニュアンスで声をかけたところ、真に受けたワン監督は本当に企画を持ち込んで日本を訪れたそう。その企画は、ニューヨーク・タイムズに掲載された短編小説「オーギー・レンのクリスマス・ストーリー」を映画化したい、というものでした。


アメリカでの映画製作は未経験だった堀越プロデューサーは、当時NDF(Nippon Film Development and Finance)の代表としてイギリス映画の製作を手がけていた井関惺氏に声をかけます。二人が最も興味を示したのは、短編小説の原作者ポール・オースター。1980年代に「ニューヨーク三部作」と呼ばれる作品を発表して以来、勢いに乗った気鋭の作家です。なんと当時、ヴィム・ヴェンダースやレオス・カラックスもオースターの作品を映画化したがっていたそう。そんな作家の脚本であれば製作費の目処も立つだろう、と踏んだ堀越・井関プロデューサーが提示したのは「オースターが脚本を書くなら乗ろう」という条件。ウェイン・ワン監督を通じてこの話を受けたポール・オースターは「毎日、自分が撮影現場に行っていいんなら書く」と前のめりな答えを出したのでした。ただし、この時点でオースターは、製作費を支援できるパートナー企業が見つかるとは思っておらず「所詮できっこないだろう」という気持ちが大きかったようです。

しかし、元から映画好きだったポール・オースターは、シナリオ製作に没頭していきました。のちのインタビューで、ジャン・ルノワール、小津安二郎、ロベール・ブレッソン、サタジット・レイなどを引き合いに出し「観客の目の前で、登場人物が本物の人間に育っていくように時間をかける監督に惹かれる」と語っています。ウェイン・ワン監督にもそのような共感力と忍耐力を見出したようで「彼が監督として持っている長所と相性がよさそうな作品を書こう」と意気込み、三バージョンの書き直しを経て脚本を完成させました。
そして最終的には、ミラマックスがこの映画の日本を除く世界配給権を製作費全額相当で購入し、資金面の問題は解決。
…かと思いきや、クランクインを目前にして、キャスティングをめぐる一騒動も起こったのでした。
元々ポール・ベンジャミン役はティム・ロビンス、オーギー役はトム・ウェイツに決定していたのですが、ミラマックスの参加が決まると、ティム・ロビンスが「ノー」と言い出したのです。過去に監督作品をめぐってミラマックスと大喧嘩したことが原因のよう。その代わりにウィリアム・ハートの配役が決まったのですが、今度はトム・ウェイツが行方不明になってしまいました。「世間と交際を絶ちたい」といった事情で雲隠れしてしまったそう。なんとも彼らしいエピソードですね。親友であるジム・ジャームッシュが間を取り持ちましたが、最終的な結論は「出演できない」。そこでハーヴェイ・カイテルがオーギー役を演じることになりました。

その後トム・ウェイツは「迷惑をかけたお詫びのしるしに」と楽曲を提供してくれたのですが、それが映画のラストに使われているあの名曲です。ちなみにジム・ジャームッシュは、このときのやりとりがきっかけかはわかりませんが「Smoke」の姉妹編作品である「Blue in the Face」に出演し、とても良い表情を見せてくれています。
そんなドタバタ劇もありましたが、非常にチームワークがよい撮影現場でした。ポール・オースターは当初提示した条件どおり、撮影が行われた三ヶ月間は毎日現場を訪れ、みんなに気を配っていたそうです。
本作は晴れて公開に至ったのち、1995年に開催された第45回ベルリン国際映画祭では銀熊賞(審査員特別賞)を受賞しています。
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製作をめぐる裏側を含めて、私がこの映画にぐっと魅せられてしまうのは、思いもよらない偶然が降りかかり、スイッチが入ったように動き出す人生にわくわくしてしまうからかもしれません。映画というものは何か不思議な力が働いて、奇跡のような偶然が積み重なった結果なのかもしれないな、と思います。

スクリーンの中では、オーギーの煙草屋という「場所」が持つ力に引き寄せられるかのように、ポール、オーギー、ラシードたちに数奇な巡り合わせが訪れます。あり得たかもしれない未来と、過去への後悔が交差して、今が進んでいく。時にはほろ苦く、気まずくて、ほんのちょっとの優しさを嘘に滲ませて。煙草の煙に包まれながら、答えははっきりと出ないまま、人生の謎と豊かさが胸に残ります。
この素晴らしい映画「Smoke」にかかわる人々を引き合わせ、そしてエポック・メイキングな「ミニシアターの時代」を牽引し、新潟における映画文化の発展にも大きな功績を残してくださった堀越謙三プロデューサー。今年6月に幕を閉じた生涯を偲び、心からの追悼を捧げます。
中村理奈
