『丘の上の本屋さん』

シネ・ウインド

 今回紹介してみますのは、『丘の上の本屋さん』。その名の通り、本屋さん、小さな古書店が舞台となる映画です。派手な映画ではありません。ドタバタ愉快な映画でもありませんが、これは沁々といい作品なんです。イタリアの最も美しい村のひとつと称されるチヴィテッラ・デル・トロントという土地。初めて知りましたが、丘にある村集落で石畳の道に石造りの家々が並ぶ風情ある美しさが保たれ、最高所では堅強な城砦(Fortezza di Civitella del Tronto)が遺っており、今では観光地として有名だそうです。

 この村を舞台に、さてどんなお話か。70を超えた古書店の老主人が、いつものように石畳の路をせっせとテクテク歩いていって、店を開ける。お隣のカフェで働いている若い兄さんが手伝ってくれたり、コーヒーを淹れてくれたり、ちょっとした話し相手になってくれる。そうしているとひとり、またひとりと書籍を探していたり、古い書物を持ってくるような人々が来店する。そういった毎日。ある日、この古書店に移民の少年がやって来る。学校がいま工事でお休み中で、本が読みたいがお金がないらしい。老主人は少年に、本を貸してあげる。少年は嬉しそうに楽しそうに読書に夢中となり、次また次の本をと古書店に通い始める。そういったお話です。

 老店主と少年の本や物語についての対話・語らいが映画の柱になっていますが、老店主を演じるのはイタリアの名優レモ・ジローネ。今年75歳になる御仁ですが、この役者の品格と貫禄は見事でした。移民少年を演じるのはディディー・ローレンツ・チュンブで映画初出演だそうです。その男前さと可愛らしさと目の綺麗さ。2人の微笑ましい対話がじっくり撮られていて、何とも柔らかな情緒を醸しています。老店主は、少年との出会い、この子が読書に熱中していく姿がよほど嬉しかったのでしょう。この若き読書家の未来がよいものとなってほしいと思い、コミックから童話、寓話、文学、叙事詩と次々貸し与え、感想を求めていく。この老店主こそ、読書の達人にして、本の伝道師みたいな人なんですね。各国様々な書籍・作家・詩人・物語・教訓・名文に精通した活字仙人。そういった読書人生を送ってきたからこそ、この人は、人に最も大切なことが何かを分かっているんです。それは何か。原題でもあるIl diritto alla felicitaのことなんですが、最後の最後で分かってきます。このことを少年に伝えておきたかった。この少年が立派な読書家となって成長を遂げてほしいというヒューマニティが溢れ出て、涙また涙でした。

 映画は頭で考えながら観るのは面白くないが、観た後で考えてみることは重要だ。逆に読書とは考えながら読むのが面白い。ここに違いがあるものの、最も大切なことは共通している。それは感覚文体を体にしみこませていくこと。その繰り返しによって人間感性が磨かれて、人生がより豊かになっていくこと。それこそ映画や文学の精神というか、真髄ですね。この映画を観て、改めて諭されました。この映画は感覚が宿っている人間による人間のための傑作。イタリアン・リアリズムが柔らかく溢れ出た『ニュー・シネマ・パラダイス』の映画文体が『エンドロールのつづき』を経ていま再び蘇ったことに敬服です。

                                             宇尾地米人