上映企画部だより 2025/4/27

若槻

シネ・ウインド上映企画会議 毎週土曜19時~

外国映画への親しみと日本人のセンス 

 1987年ドイツ映画『バグダッド・カフェ』。当館でも2010年12月と2025年1月に上映し、たくさんのご来場をいただきました。今なお根強い人気と支持を得るこの作品が、7月11日に4KレストアとしてUHD BD商品化され発売となることに加え、新規録音となる日本語吹替版が収録されることとなりました。今回の4Kレストア版が大ヒットしたことを受け、「上映の権利期間が切れても吹替版は残るので、いつまでも作品の魅力を語り継ぐ入口の1つになれば」とメーカーさんが新規製作と収録を決定したそうです。これは喜ばしいことですね。

 映画、テレビドラマ、アニメーションの吹替版製作は世界各国で行われていますが、日本における吹替版の完成度は世界でトップクラスと評されていました。俳優・声優の個性と演技力は勿論ですが、翻訳家の機知に富んだ作術、演出家の妥協を許さないディレクション、音響スタッフによる綿密な調整など、まさにプロフェッショナルの職能が合わさって「日本語吹替版」が創られ、わたしたちに届けられてきました。

 いまとなっては、月曜ロードショー、水曜ロードショー、木曜洋画劇場、ゴールデン洋画劇場、日曜洋画劇場がなくなり、仕事・勉強・部活が終わって寝る前にテレビの地上波放送で映画を観る(夏休み前に『ジョーズ』の放映によって海が恐ろしくなる)習慣が失われたこと、さらに映画製作本国からの精査によって翻訳や芝居の自由度が制限されたこと、何より1950年代~60年代以降、数多くの「傑作」を創りあげてきた演出家、プロデューサー、俳優の方々が亡くなられたことで外画の日本語吹替版が製作される機会は減退していきました。「日本のアテレコ・吹き替えは世界で一番」と評された栄誉も、過去のことでしょうか。

 ぼやぼや嘆いていたところ2年前、興味深い事態が起こりましたね。憶えておいででしょうか。2年前の2023年、スイスからのエクスプロイテーション映画『マッド・ハイジ』の過激な表現を含む日本語吹替予告編の評判が良く、多くの要望を受けたことから日本語吹替本編の劇場公開が実現し、当館でも1日限定で上映しました。このご時世に配給会社さんも思い切りましたよね。素晴らしいことだと思います。

 いま洋画の興行成績が全国的に落ち込んでいることはこれまでもスタッフ通信で触れていました。「洋画が観られなくなった」「どの洋画が面白い(面白そう)か分からない」といった業界関係者の懸念も、日本人の映画への親しみ方が変わっていったことが理由の一つでしょう。以前は日本に入って来る洋画に対して「こんなの、そのまま観たって大した事ねえ、俺たちで面白いもんにしてやらあ」という気概で日本語吹替版を送り出していたようですが、そういった精神は後進に継がれているのか、そもそもその職人気質自体が許されるものなのか。

 いろいろと厳しい状況に気がかりはありますが、日本人には芸能や芝居を磨き上げていく独自の技術やセンスがあるはずです。芸術や娯楽や映画が面白くないなら、もっともっと良いものにしてみせる、今まで無かったものなら、新しく作り出せばいい、それが日本人の心意気。映画って本当にいいもんだと何が何でも躍起になれる精神はまだ生き延びている。『マッド・ハイジ』の吹替版上映と、『バグダッド・カフェ』の新録発売の報せに、希望を感じましたね。

若槻健人

シネ・ウインド上映企画部では、上映作品の選定や、作品紹介をお手伝いしてくれる方を募集しています。上映企画会議は毎週土曜19時より、事務所2Fフリースペースにて。映画館の運営に興味がある方、見学・入部など、お気軽に劇場スタッフにお声掛けください。