10/31(土)~11/6(金) ※火曜休館
リバー・フェニックスが急逝した約1年後、1994年にシネ・ウインドで開催された追悼企画『リバーフェニックス・オールナイト』に参列した当時、私は14歳だった。私はリバーに憑りつかれてしまっていた。自分と10歳しか変わらない、23歳の若い死は強烈なショック、いや、目覚めだった。彼が出演した映画を片っ端から観て、写真集や追悼本を買い集め、リバーを通じて映画の魅力にどっぷりとはまっていき、高校時代にはボランティアとして、また一映画ファンとしてシネ・ウインドに足繫く通う縁へと繋がった。
あのまっすぐに続く道があるアメリカに行きたい。その思いは薄れるどころか、日に日に増していった。私は留学という世間に受け入れられやすい方法で渡米した。本当のところ、リバーの住んでいた場所に行きたい一心だった。大学を卒業して結婚し、家族ができ、気が付けば26年。今もこのフロリダの地に住んでいる。

『マイ・プライベート・アイダホ』はリバー演じる男娼・マイクが母を探して旅する物語。バイクに乗ってアイダホへ、さらに母を追ってイタリアへ。旅の相棒であるスコット(キアヌ・リーブス)は期限付きの火遊びを楽しんでいるだけで、行く末はポートランド市長である父親の遺産が自分に舞い込む、と吹聴する。彼には潤沢な資産と地位名声が約束されているが、マイクには戻る場所も、家族もいない。強いストレスを感じると失神するように眠ってしまうナルコレプシーを頻発し、目覚めるとマイクはまた、あの道に戻って来ているのだった。
『マイ・プライベート・アイダホ』の撮影からたった2年後にリバーはドラッグ過剰摂取で急逝した。抜け出せない道の途上でバッタリと倒れるかのように。私がアメリカに住んですでにリバーの人生よりも長い年月が経ってしまい、その間、憧れの国・アメリカの暗い部分がどんどん見えてきた。息子達が通う学校にはドラッグが普通に存在し、開き続ける格差社会の中で貧困のループを目の当たりにした。華やかなハリウッドの裏側に、リバーは何を見ていたのだろう?彼は短い人生でホームを見つけられたのだろうか?今、『マイ・プライベート・アイダホ』を観ると、寂しいマイクとリバー本人の姿が重なり、より切なさが増す。

フロリダのハイウェイ、地平線に向かって真っすぐに、どこまでも続く道をひたすら走っていると、マイ・プライベート・アイダホに何度も登場する、あの道を思い出す。主人公のマイクが繰り返し足止めを喰らう、世界のど真ん中のような道。マイクは言う。「この道はどこまでも続く。たぶん世界をぐるっと回っているのだ…」
リバーが眠る小さな田舎町への出口でハイウェイを降りると、道の両側には南部特有のスパニッシュモスの垂れ下がった大木がゆったりと枝を広げている。町を抜けると視界が一気に開け、広大な湿地帯に出た。この景色を見ると「帰ってきた」と感じる。でも本当に、私は、ここをホームと呼べるのだろうか?

リバー・フェニックスを追いかけて、こんなところまで来てしまった人生。今となってはここを終の棲家(ホーム)にすべきか、わからない。でも生きている限り、走り続けなければならない。この道がずっと続いていて、世界を一周ぐるりと回ってまた同じ場所に戻ってくるのなら、私はもう少し走り続けてみようと思う。道がそこにずっとあるように、リバーもまた、映画の中にずっといてくれるのだから。
ーーー Have a nice day
(Midori Takayama)
