『お坊さまと鉄砲』

2025年1月29日
若槻

2/1㈯~2/14㈮ ※火曜休館

2023年 ブータン・フランス・アメリカ・台湾合作

1時間52分 

配給:ザジフィルムズ、マクザム

監督・製作・脚本:パオ・チョニン・ドルジ

製作総指揮:リサ・ヘンソン

製作:シュー・フォン / ステファニー・ライ / ジャン=クリストフ・サイモン

撮影:ジグメ・テンジン

美術:チュンドラ・ゲルツェン

編集:クー・シャオユン

録音:ドゥ・ドゥチー / チャン・イーチェン

音楽:フレデリック・アルバレス

出演:タンディン・ワンチュック / ケルサン・チョジェ / タンディン・ソナム / デキ・ラモー / ペマ・ザンモ・シェルパ /ハリー・アインホーン / チョイイン・ジャッツォ

 ブータン映画『山の教室』を発表したパオ・チョニン・ドルジ監督の長編第二作目ですね。製作のステファニー・ライ、撮影監督のジグメ・テンジンらも続投されています。ドルジ監督はブータンという国の風土、文化、伝統、集落の生活感など、劇映画ながら本物の感覚を掴んで映したかった。脚本も練られていますが、劇中の風景や人物像などは本物であり、撮影に注力されたポイントでした。あれだけ見事な映像を撮り抜いてデビューしたこの監督の次回作を心待ちにしておりましたが、題名が『お坊さまと鉄砲』。英語タイトルだと『The Monk and The Gun』といいます。これまでも『否定と肯定』とか、『天使と悪魔』とか、『少年と犬』とか、いろいろな題名がありましたが、この邦題が発表されたときは、いよいよ大変なことになってきたなぁと思いましたね。

 劇中ニュースによると、ブータンは世界中で最後にテレビとインターネットが普及した国だそうです。へぇと思っていると、時は2006年。国王の退位と民主主義体制の導入が伝えられ、国民によって新たな指導者が決められる選挙が初めて行われることとなりました。

「民主化とは必要なことですか?」
「国王陛下は行政権を手放されます。民主化は近代国家の象徴なのですよ」
「そうなんですか。初めて聞きました。ところで選挙とはどうするものなのでしょう」

 ということで、初選挙を実施する前に、こういうものだと知ってもらうため住民たちに集まってもらって模擬選挙をやってみることになりました。

「では模擬選挙の前に個人情報の登録が必要です。あなた、生年月日は?」
「分かりません」
「分からないですか?」
「はい。両親によると、私が生まれたのは国王陛下が15歳のときだそうです」
「困りましたねぇ。自分の生年月日が分からない方は、おウチに帰って確認してきてもらえますか」
「うーん。こんなことが本当に必要なのかね??」

 というように、この映画は流れ始めていきます。面白いなぁという言い方もアレかもしれませんが、ブータンという国が、新たな体制へ転換する歴史的国事の第一歩が、このように描写されますと興味深いですね。

 選挙委員会がテレビにて「国民と権利と大切な責務を果たしましょう。皆で近代化を進めましょう。模擬選挙へ参加くださいね」と放送しているわけですが、みんなそれを観て聞いても、いまひとつことの重大性を把握しきれない。それよりも当時ダニエル・クレイグが主演した『007』の映像にくぎ付けになっているあたり。

 ところで、『お坊さまと鉄砲』これは何のことでしょう。村でとても偉い風格が漂う高僧は、ある意図をもって、若い僧侶さんに「次の満月までに銃を持ってきなさい」と命じ、「分かりました」と山を下りていく。

 ここにアメリカ人のガン・コレクターと観光ガイドがやって来て、「ここにある貴重な銃を譲ってもらえませんか」と頼みにいらした。僧侶さんは「すみませんが、それは出来ませぬ」とお断りしますが、諦めきれないアメリカ人は考えを巡らせて、どうするか。

 このガン・コレクターと観光ガイドが僧侶さんに銃器カタログを見せながら「アメリカは人より銃のほうがたくさんありますよ」などと言って「へえそうなんですか」というやりとりには笑ってしまいますね。この監督は真面目な映画熱と美意識だけでなく、ユーモアのセンスを備えていることが判りましたね。

 そうしてじっくり観ていきますと、この映画に込められていた真剣な意識や、ヒューマニズムが判ってきます。対立の思考、捧げること、寛容の心ですね。

「この国(ブータン)は世界で一番幸せな国と言われている。けれども国の未来を担う若者は、幸せを求めて外国へ行く」

 ヒトの幸せとは。グローバリゼーションとは。政治・経済・文化が拡大し、より便利に、より快適になっていく。一方、世俗化によって地域の独自文化や価値観が薄れ、歴史や伝統が途絶えること。この映画の面白さから、そういったことを考えさせられましたね。

 ドルジ監督は独学で映画術を修め、『山の教室』で初めての映画挑戦心を滾らせた。映像作家としてネクストレヴェルへ進むため、ブータンにおける実際の出来事から着想を得た脚本化、より群像的で、より物語性に厚みをもたせるつもりで政治テーマのコメディを企画製作したそうです。大先輩監督であるアン・リーからのアドバイスもあり、「無垢と無知は違う。ブータン国民は無垢であることを失わないでほしい」という野心的かつ純真さを重んじる監督精神を秘めた、いま最も期待したい映像作家のひとりとして応援していきたいと思います。(宇尾地米人)

《上映時間》
2/1㈯~2/7㈮ 〇10:00~12:00 ※2/4㈫休館
2/8㈯~2/14㈮ 〇12:35~14:35 ※2/11㈫休館