『コット、はじまりの夏』

若槻

4/27㈯~5/10(金) ※火曜休館

 今回の「おすすめ作品」では、上映企画部長谷川のイチオシ作品『コット、はじまりの夏』について紹介します。突然ですが、みなさんは自分の「居場所」について悩んだことはありますか?家族から愛されていると感じることができない。職場に必要とされていないと感じる。友人と呼べる人がいない、友人はいても何故か孤独感に襲われる。

 この現代において自分自身の存在理由、すなわち「居場所」とは私達にとって最も重要なもののひとつであり、私達はいつもこの「居場所」を追い求めているのです。

 スタジオジブリ制作『思い出のマーニー』の冒頭、主人公の杏奈が「この世には目に見えない魔法の輪がある。輪には内側と外側があって、私は外側の人間」と独白しましたが、まさにこれが私達が抱えている問題の本質と言えるでしょう。

 さて、映画の主人公コットも同じく自分の居場所に悩む少女です。彼女の実家では家族が常に不機嫌であり、学校では誰かが彼女の噂をしている。そんな環境で生き続けていた少女コット。家庭内の喧噪、クラスメイトのヒソヒソ話など、彼女は周囲の≪ノイズ≫に悩まされていました。もしかしたら彼女は、「正常なのは周囲やこの世界であり、自分自身こそが≪ノイズ≫なのだ」とすら思っていたかもしれません。そんな彼女の精神状態を反映するかのように彼女は心を閉ざし寡黙な少女であり続けます。

 本作の物語は母親の妊娠を期にコットが親戚のキンセラ家に預けられるところから大きく動き出します。コットにとってそれまでの環境とは全く異なる、キンセラ夫婦の温かな愛情、そしてアイルランドの自然に囲まれた穏やかで牧歌的な世界。土に触れ、湧き水を飲み、爽やかな風を感じる。肌を通して伝わる「生きる」という実感が少しずつコットの心を変化させます。

 静かで繊細な映画でありながら、シーンのひとつひとつに登場人物の心情や作品のメッセージが力強く反映されたこの作品は、自分の居場所や存在理由に悩む人にもぜひ観て欲しい。そんな一作となっています。

 アイルランドからのヒューマンドラマ『コット、はじまりの夏』はシネ・ウインドにて4月27日から公開です。ぜひ、ご鑑賞ください。(長谷川)