【ウィークエンド秀作選】第1弾


2015年 カナダ・ドイツ合作
1時間35分
配給:アスミック・エース
監督
アトム・エゴヤン『アララトの聖母』
製作
ロバート・ラントス『バーニーズ・バージョン ローマと共に』
アリ・ラントス『絶叫のオペラ座へようこそ』
製作総指揮
マーク・マセルマン『天才ヴァイオリニストと消えた旋律』
アナルト・シン『マンデラ 自由への長い道』
マイゼス・コシオ『リアリティのダンス』
ジェフ・サガンスキー『50歳の恋愛白書』
脚本
ベンジャミン・オーガスト『Class Rank』
撮影
ポール・サロシー『トリコロールに燃えて』
美術
マシュー・デイヴィス『女神の見えざる手』
衣装
デブラ・ハンソン『ロビイストの陰謀』
編集
クリストファー・ドナルドソン『ウーマン・トーキング 私たちの選択』
音楽
マイケル・ダナ『ザリガニの鳴くところ』
出演
クリストファー・プラマー『人生はビギナーズ』
マーティン・ランドー『エド・ウッド』
ブルーノ・ガンツ『ヒトラー ~最期の12日間~』
ユルゲン・プロフノウ『Uボート』
ディーン・ノリス『リトル・ミス・サンシャイン』
ヘンリー・ツェニー『ミッション:インポッシブル』
この恨み、忘れたくても終わらせない
2015年当時、第二次大戦から70年。アウシュヴィッツで家族を殺し、戦後アメリカへ逃れ、身分を偽りいまも生き延びているというナチ親衛隊員を突き止め復讐を決意する老人たち。ひとりは重要な手掛かりが記された手紙を託し、もうひとりが復讐を実行するため旅に出る。「戦争の記憶」「計画と認知症」をテーマに挑んだアメリカ人TVシリーズクリエイター、ベンジャミン・オーガストの脚本家デビュー作となり、カナダを拠点とする映画監督アトム・エゴヤンがそのストーリーテリングに感嘆し、演出を快諾した。ヴェテラン監督が新人作家のオリジナル脚本に魅せられ映画化する例である。

このようにコラムを投稿しておきながら、この映画について詳細にお話しすることはできない。限られた手掛かりを頼りに旅歩く老人のサスペンスドラマであり、容疑者を突き止めようとするミステリのタッチを含んでいる。映画のあらすじは最低限に、この演技、音響、美術のハイレヴェルをじっくり取り込んでもらいたい。けれども折角なので、少しだけ、ちょっぴり僅かながら、映画について記させてください。


主演したのはクリストファー・プラマーとマーティン・ランドーという名優2人。プラマーはご存知カナダ出身の大俳優。映画、テレビ、舞台、声の出演と芸歴70年以上に渡って芝居・演技の芸能に生き抜いた見事な名人。彼もまた、新人脚本家のオリジナリティと物語性に圧倒され、主演を引き受けたという。アトム・エゴヤン監督とは代表作である『アララトの聖母』に続き2度目のタッグとなる。
マーティン・ランドーはニューヨーク出身でプラマーとも同年代、芸歴としてもほぼ同期である。『北北西に進路をとれ』『スパイ大作戦』など数多くの映画・テレビ出演を経て、1994年66歳で『エド・ウッド』の出演によってゴールデングローブ賞とアカデミー賞助演男優賞を受賞。歳の離れた監督の若手時代からその才能を認めており、本作の出演が実現できたことに喜びの言葉を残している。
さらにスイス出身のブルーノ・ガンツの出演。『ベルリン・天使の詩』の世界的ヒットで一躍有名となり、『ヒトラー ~最期の12日間~』でアドルフ・ヒトラーを演じ、第77回アカデミー賞外国語映画賞ノミネート、ドイツ・アカデミー賞最優秀男優賞を受賞した。本作では復讐の容疑者であるルディ・コランダーを演じている。
今回の上映企画【ウィークエンド秀作選】の『手紙は憶えている』は製作10周年記念上映。この10年の間に、映画に出演した3人の名優たちは皆さん亡くなられました。生涯役者人生、演技に勤しみ、表現を磨き続けた彼らが映画に遺した芸能という財産。これが忘れ去られないように、映画館に甦らせたかった。映画でみせる、老いの表現。単なる渋さ、重みだけではない。立ち続けているのもラクではない。その佇まいや表情から読み取れる身体的・精神的な疲れは演技なのかリアルなのか、曖昧になってくる凄まじい感覚。


目的のために進むしかないという男の一念。時間と体力に限りがあるなか、走るバスの車窓から遠くを見詰める、目と顔つき。映画は昔ながらの構成でいて、キャメラタッチ、編集、美術の設計配置など、抜かりのない熟練を感じさせる。この監督が重視している事件の記憶、人間の秘め事、対面する構図。そこにオリジネイターによる戦争犯罪、負の歴史、忘れても忘れても思い出してやり遂げてほしいという言葉と忘備録の物語性が融け合い、現代的サスペンス&ミステリアスな復讐映画が完成した。映画は人間の哀しみと烈しさを秘めながら、巧みにそれを現出させない、最後まで映画的な緊張感を維持する見事な秀作である。男の復讐は、どのように決着をつけるか。これはもう観てもらうしかない。最後まで見届けてもらった後、もう1度観てもらいたい。優れた作品は質素でいて厚みをもつ。この厚みに震えて実感することが映画人生の醍醐味である。
宇尾地米人
