退屈も悪くない。

2015年4月5日
シネ・ウインド

「道の両サイドには、ライトアップされたチェーン店の、巨大看板が延々と連なる。ブックオフ、ハードオフ、モードオフ、TSUTAYAとワンセットになった書店、東京靴流通センター、洋服の青山、紳士服はるやま、ユニクロ、しまむら、西松屋、スタジオアリス、ゲオ、ダイソー、ニトリ、コメリ、コジマ、ココス、ガスト、ビッグボーイ、ドン・キホーテ、マクドナルド、スターバックス、マックスバリュ、パチンコ屋、スーパー銭湯、アピタ、そしてイオン。こういう景色を”ファスト風土”と呼ぶのだと、須賀さんが教えてくれた。」(山内マリコ・著「ここは退屈迎えに来て」(幻冬舎文庫))

2012年に刊行され昨年文庫化、高い評価を得た本だけど、知ったのは最近のことだ。
高い評価云々は、WikipediaやAmazonの書評等からの引用で、学生の頃書いた短編で「女による女のためのR-18文学賞」を受賞したというこの著者のことも、恥ずかしながら初めて知った。この本のことを聞いたのは、ある尊敬する方から。早速書店を探したところ、文庫本コーナーにはまだ平積みされていて、早速購入、即効で読み終えた。

地方都市に住む女性が語り部となる短編集だが、それぞれの物語で共通する登場人物があって、微妙に関係しあっているのが面白い。重松清の短編集にもこういうのがあったような。数年前の熊切監督の北海道の街を舞台にした映画もそうか。

冒頭に引用したのは、この短編集の最初のエピソードで、田舎を出て東京に十年住んだけど、Uターンで地元に戻ってきて地元のタウン誌の編集をやっている今年三十歳になる女性の話。田舎をバカにし、ダレてゆるい「ヤンキーとファンシーが幅を利かす」、イナカの郊外文化を忌み嫌っている。

作者の山内マリコさんは富山市出身だそうで、おそらくここに出てくる地方都市も富山市だと思えるが、新潟市もほとんど同じようなものだ。東京から地元に帰ってきて、田舎を退屈だとバカにし、東京の中央線沿線に住んでた頃を懐かしく思い、周囲にいる人間に、その頃の自慢話を吹聴する、そんな人、自分のまわりにも、皆さんのまわりにもたくさんいることだろう。斯く言う自分もそんなものか。

だが、そんなふうにイナカに毒づいているエピソードがたくさん出てくるにも関わらず、そんな「ファスト風土」と化した地方で、必死にもがきながらも不器用に生きてクダをまいている女性たち(時に男性たち)への、優しさや暖かい視線をも感じる不思議な感触の作品となっている。
アイドルとして売り出したが人気がなくなり地元に帰って婚活に精を出す女性の話。中学、高校でオセワになった家庭教師が叶えられなかった、東京の大学生になる女性の話。ハゲオヤジと援交する女子高生の話。十五歳では早すぎる、十七歳だといかにもという感じ、初体験するならやっぱり十六歳! と友人と盛り上がる少女の話・・・。
特に、自分がもしアメリカ人だとしたらわたしの人生はこうだ、とオスカー受賞までをリアルに想像する女性のエピソードが圧巻だ。物語中に、俳優や映画作品が実名でたくさん登場するのは、作者が大阪芸大の映像学科卒業、という経歴のなせるワザか。

この本の中には私がいる! なんて、まあ自分は男だし、そんなレビューは書けないけれど、イナカでだってそれなりに頑張っている人が多いじゃないか、とか、そんな東京志向はケシカラン、身の程をわきまえろ、とか、そんなことも言うつもりはない。逆説的に地方都市の素晴しさを描いた作品だ、なんてことも言わない。
むしろ、若い人たちが、こんなふうに、田舎に住む自分にフラストレーションを抱え、「ここは退屈」と常に外を見続けることって、実はすごーく大切なことなんじゃないかって思えてくる。

この春、おそらく多くの人が、「ここは退屈」と考えたかどうかは知らぬが、「地元」を飛び出していったであろう。それもまた良し。そうやって、ここではない今ではない自分を妄想し空想し考えることだって、すごく尊いことだと思うのだ。

でもさ、飛び出してもいいけどさ、お願いだからさ、また帰ってきてよ、さびしいからさ、ホントにさ、たまには顔を見せてよ。

退屈もまた、いいもんだよ。

(Nakamura Kensaku)

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〈ちょこっと追加コーナー〉

web04水の声を聞く

今週のブログ担当Nakamuraさんが月刊ウインド4月号で紹介原稿を書いているのが、4/11~4/24上映の山本政志監督作品「水の声を聞く」。

4/4~4/10は、「山本政志レトロスペクティブ」として、山本監督の4作品を日替わりで上映中です(「熊楠KUMAGUSUパイロット版」は上映終了)。「水の声を聞く」とあわせて、こちらにもぜひ足をお運びください。「水の声を聞く」初日には山本監督のトークもあります。(Ichikawa)

4/4(土)~4/10(金) 山本政志レトロスペクティブ
4/4(土) 18:05~21:00 熊楠パイロット版+水の声を聞く
4/5(日) 17:55~19:55 闇のカーニバル
4/6(月) 19:40~21:40 ロビンソンの庭(予告編なし)
4/7(火) 19:40~21:40 てなもんやコネクション(予告編なし)
4/8(水) 19:40~21:40 闇のカーニバル
4/9(木) 19:40~21:40 ロビンソンの庭(予告編なし)
4/10(金) 19:40~21:40 てなもんやコネクション(予告編なし)

4/11(土)~4/24(金) 水の声を聞く
http://www.mizunokoe.asia/
4/11(土) 18:35~20:55(予告編なし)
※ 上映後、山本政志監督トークあり
※ 特別興行のため、会員券・回数券・各種招待券は使用不可
*30年目プロジェクト「ゲスト来館イベント歓迎スタンプ」対象
4/12(日)~4/17(金) 18:35~20:55
4/18(土)      14:25~16:35(予告編なし)

4/19(日)~4/24(金)  14:15~16:35