自惚れ鏡だけで良いのか

2015年9月20日
シネ・ウインド

「映画は自惚れ鏡」と書いていたのは、映画評論家の佐藤忠男さんだった。新潟市出身で多数の著書を持つ氏の、書名は失念してしまったが、どこの国の映画でも、そこには自国にとって都合の良いように、真実や歴史が美化されて描かれる、だいたいそのような意味のことが書かれていたと記憶している。

先日、某映画館で年末公開の「杉原千畝」の予告編を観ていて、久々にこの「映画は自惚れ鏡」という言葉を思い出した。第二次大戦開戦時、リトアニアの領事だったという杉原が、ナチスから迫害されていたユダヤ人にビザを発給し多くの命を救ったという美談に基づいた映画であり、彼は、東洋のシンドラーとも呼ばれている。本国の意向に背いて命のビザを発給する姿、トレーラーに映し出される杉原役の唐沢寿明の凛々しい姿と相まって、まさに日本人の自尊心をくすぐるドラマだ。スピルバーグの「シンドラーのリスト」も、何かと悪役にさせられるドイツ人にとっては、自尊心くすぐる映画となっているのかどうかは不明だが、映画「杉原千畝」は、日本帝国主義の時代の蛮行等不名誉な歴史を浄化ないしは緩和し、人道主義に則って活動しユダヤ人たちに感謝された先人の足跡を称えることで、「美しき」この国の姿を演出するにはもってこいの題材なのだ。いや、本稿は映画「杉原千畝」を揶揄するものではない。あくまで「映画は自惚れ鏡」という佐藤氏の至言にのっとり、それでは、自惚れ鏡でない映画は映画でないのか、我々はどのようにそういった作品に付き合うべきなのかを考えたい。

昨年のアンジェリーナ・ジョリー監督作品「アンブロークン」が、いまだ公開の目途がたっていないそうだ。米国人が戦時中に日本の捕虜となり、日本の軍人に虐待されたる姿を描いているということで、保守系メディアを中心に、反日映画だと叩かれているとのことだ。実のところどうなのか、この映画をアメリカで観たある著名な映画評論家の言説によれば、少しも反日映画等ではなく、日本の軍人は皆残酷と言っている映画でもないらしい。実際にこの映画のモデルとなっているアメリカ人も日本人も存在し、その日本人は虐待の事実を認めているそうで、史実に基づいているそうだ。それでも、自国民が行った悪いことからは目を背けたいという、自惚れ鏡と逆行する映画を観たくないという感情が優先するのだろう。映画を配給する側も、単純に映画上映の妨害を恐れているだけではないらしい。大衆の、負の歴史を受け入れられない感情を優先している。

もう一つの例を、それが今回の本稿の目的となるのだが、2009年のドイツ映画「ジョン・ラーベ~南京のシンドラー~」である。まさに杉原千畝の逆をいくように、南京駐在のドイツ人が、1937年の日本軍の南京侵攻において、多くの中国人を日本軍から救ったという物語だ。ご存知のようにこの作品も、正式な日本公開はされてこなかった。ダニエル・ブリュールやスティーブ・ブシェミ、日本からは香川照之や井浦新といった有名俳優が出演しているにも関わらず、映画会社はこの作品の配給を断念した。南京大虐殺自体が存在しない、と断言する政治家や学者やメディアが存在するこの国である。95年製作の「南京1937」では上映妨害事件が起こりスクリーンが切り裂かれる事件も起こった。自惚れ鏡に逆行する映画に二の足を踏むのは、この作品についても同じだ。被害にあったあるいは人びとを救った国にとっては、「ジョン・ラーベ」は自惚れ鏡なのだろう。だが日本人にとっては、自国が悪く描かれているという意味で、許せない映画ということになってしまう。だがどうなんだろう。映画に自惚れ鏡的側面ばかりを期待するのは本道なのだろうか。佐藤先生の言葉に疑義をはさむのは本意ではないのだが、いま我々が前に進むためには、こうした負の遺産を直視することが最大限に重要なのではないだろうか。自惚れ鏡だけでは、真に多角的な歴史の姿、人間の姿を映画の中に見出すことはできないのではないだろうか。
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それで、この「ジョン・ラーベ~南京のシンドラー~」、昨秋あたりから全国で有志による自主上映活動が広まっている。シネ・ウインドの30周年祭実行委員会の中でも、この作品の新潟での上映委員会を立ち上げた。11月14日(土)にi-MEDIA(国際映像メディア専門学校・実習棟シアター)で200人動員を目指しての上映に向けて動き出したばかりだが、ぜひとも皆様のご協力をお願いしたい。

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◎シネ・ウインド30周年祭 関連企画
「ジョン・ラーベ~南京のシンドラー~」 http://johnrabe.jp/ 上映会
11月14日(土)
会場 : i-MEDIA(国際映像メディア専門学校・実習棟シアター)
時間料金等、詳細未定。続報をお待ちください。